大阪高等裁判所 昭和46年(行コ)14号 判決 1978年6月29日
東大阪市永和二丁目三番二三号
東大阪税務署長
控訴人
安藤敏郎
右指定代理人
平井義丸
同
大河原延房
同
森本圭治
同
畑健治
同
安久武志
東大阪市長堂三丁目三一番地
被控訴人
徳山栄信
右訴訟代理人弁護士
大原篤
同
大原健司
右訴訟復代理人弁護士
井関和雄
右当事者間の所得税の更正処分取消等請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人が昭和三七年一〇月三一日付でなした被控訴人の、(1)昭和三五年分の所得税について、総所得金額を二二四万円とする更正処分のうち一四二万七、四七六円を超える部分及び(2)昭和三六年分の所得税について総所得金額を三四一万一、〇〇〇円とする更正処分のうち一八四万四、六五四円を超える部分をいずれも取消す。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
事実
一、控訴代理人は、「原判決のうち、控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
二、当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、それをここに引用する。(但し、原判決八枚目表三行目から四行目にかけての「六七一万二、四七六円」を「七六九万九、六四八円」と訂正し、同裏八行目の「提出しなかつた。」の次に「そのため仕入及び一般経費の算定が不可能になつた。」を、また同九枚目表一一行目の「これを」の次に「特別経費控除前の」を、同一九枚目表三行目の「第三八号証」の前に「第二八号証、」をそれぞれ加え、更に、別紙一の(二)昭和三六年度欄の/売上金額「一九一、五五一、七六六」を「二〇四、五九二、三四二」と、2算出所得金額「一四、五〇〇、四六八」を「一五、四八七、六四〇」と〔なお、その計算式も204592342×0.0757=15487640と〕、4所得金額「六、七一二、四七六」を「七、六九九、六四八」と、別紙四の(一)被告主張の金額欄の7産鋼商店「八四、三九二、二三四」を「九七、四三二、八一〇」と、売上金額合計「一九一、五五一、七六六」を「二〇四、五九二、三四二」と、それぞれ訂正し、同四の(二)原告の答弁欄5甲陽金属(株)の「得意先ではなく仕入先である。」を削除する。
(控訴人の主張)
(一) 原判決は、被控訴人の産鋼商店に対する売上金額の判断を誤つている。即ち、
原判決は、控訴人が乙第三〇号証の一、二などにより被控訴人の産鋼商店に対する売上金額を、昭和三五年度分一二六、〇七万九、二四四円、昭和三六年度分(一月から六月までの上半期分、以下同じ)八、四三九万二、二三四円(但し、当審において九、七四三万二、八一〇円と訂正。訂正の理由は(三)項)と主張したのに対し、前同号証などによるとすれば、産鋼商店の大阪特殊製鋼(大阪特殊製鋼株式会社の略称)に対する売値が、同商店の被控訴人からの仕入値を下廻ることになるが、産鋼商店としてかかる不利益な取引をしなければならない特別の理由が認められないとして、右乙第三〇号証の一、二を排斥し、同売上金額を零と判断した。産鋼商店の被控訴人からの仕入値と大阪特殊製鋼への売値とを単純に比較すると、たしかに原判決指摘のように産鋼商店の取引は、売値が仕入値を下廻るという逆鞘取引となつて、一見不合理のようにみえる。しかし、以下の事情を斟酌すれば、右の取引には何らの不合理もないのである。
(1) 産鋼商店は、鉄屑の納入に際して大阪特殊製鋼から、鉄屑代金のほかに、鉄屑運搬結束処理費或いは鉄屑運搬結束切断費として、トン当り昭和三六年三月には四、〇〇〇円(乙第二四号証の二)、同年五月から七月までの間には毎月二、〇〇〇円(乙第一九号証の三一、第二四号証の六、一〇、一三)の割合で支払を受けていたし、同年八月以降被控訴人が直接大阪特殊製鋼に鉄屑を売却するようになつてからも、被控訴人は、同製鋼から運搬結束処理費として毎月トン当り二、〇〇〇円(乙第二一号証の三〇、第二二号証の一〇、第二三号証の八、第二四号証の一五、二〇)、または一、〇〇〇円(乙第二五号証の二四、第二六号証の三二)を受取つていた。この事実に徴すると、産鋼商店は、昭和三五年度中及び同三六年一、二月及び四月においても、大阪特殊製鋼から運搬結束処理費として、毎月トン当り二、〇〇〇円以上の支払を受けていたことが推認される。
ところで、右の運搬結束処理費は、文字どおりの費用ではなく、実質的に鉄屑の購入単価を引き上げる操作として支払われたものと解すべきである。製鋼会社が指定納入業者から鉄屑の納入を受ける価格は、製鋼会社の指定する鉄屑使用工場もしくは指定場所への持込み渡し価格であるところ、特殊鋼製造業界においては、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二二年四月一四日法律第五四号)二四条の四・二項の規定にもとづき、鉄屑の秩序ある購入によつて量的確保を図り、買いあさり等による価格の高騰を防止し、鉄屑の価格を合理的線に安定させ、もつて鉄鋼原価の引下げを図り、企業の合理化に資する目的をもつて、鉄屑の購入にかかる共同行為(カルテル)につき協定を締結し、昭和三三年九月二一日公正取引委員会の認可を受けて現在に至つており、大阪特殊製鋼も同協定に参加していた。もとより同協定では、参加者の購入する鉄屑の主要品質について価格安定目標の下限を定め、最高価格については参加者全員をもつて構成する特殊鋼鉄屑需給委員会(以下需給委員会という)において、需給状況や鉄鋼の市況などを勘案し、原則として毎月決定することにしていたのであり、運賃加算は認められていない。そして同委員会は、この協定の完全な履行を確保するため実施状況を監視し、違反者に対しては制裁を課することにしていたのである。しかし大阪特殊製鋼は、当時業績不振のため支払条件が悪化し、鉄屑集荷力のある業者を納入業者に指定できず、集荷体勢が極めて弱体化していたため、他社と競合して必要量の鉄屑を確保するには、右の協定を回避し、運搬結束処理費の名目で購入単価の引き上げを図る以外になかつたのである。それに産鋼商店は車両を所有しておらず、被控訴人が自己の車両で集荷した鉄屑を、産鋼商店の名で大阪特殊製鋼へ納入していたのであるが、被控訴人の集荷地域である旧布施市(現東大阪市の西部)周辺から納入先までは近距離であつて、運搬費を別途に補助する理由がなかつたし、産鋼商店及び被控訴人は、集荷した鉄屑を特殊サイズに切断加工するための機械をもつておらず、僅かに運搬を容易にするため鉄屑を結束する程度であつたから、結束処理費が支払われる理由もなかつた。これらに徴しても、控訴人の主張は是認されるべきである。
したがつて、産鋼商店の被控訴人からの仕入値と大阪特殊製鋼への売値の比較は、右運搬結束処理費を売値に加算したうえですべきである。
かかる見地から、昭和三六年三月分、五月分及び六月分につき運搬結束処理費を加算して、産鋼商店のトン当りの仕入値と売値を算出すると、別紙九のとおりであつて、両者がほぼ等しいことが認められる。もつとも、それでもなお存する逆鞘現象は、これから述べる事情により首肯できるのである。
(2) 産鋼商店の経営者浦部弘は、大阪特殊製鋼の専務取締役亡小手芳太郎の甥であつたところから、従来同製鋼の鉄屑納入業者に指定されるなど、種々の便宜供与を受けていたため、窮状にあつた同製鋼のため尽力すべく、採算を度外視して鉄屑を納入していたものであり、その見返りとして同製鋼から丸鉄金属名義で請負つていた場内整理作業により利益を挙げ、これによつて収支を償つていたのである。
(3) 産鋼商店は、大阪特殊製鋼から満期が三か月か四か月先の約束手形により支払を受けることが多かつたため資金繰りに窮し、被控訴人に対する支払も右手形を裏書交付することによらざるを得なかつた。しかし、被控訴人は、零細な拾い屋に対し現金支払をしなければならなかつた関係上、産鋼商店からの手形を日歩一〇銭前後の割引率でも現金化する必要があつた。したがつて、産鋼商店の仕入値が割引料相当額だけ高くなつても、やむを得なかつたのである。
(4) 産鋼商店は、大阪特殊製鋼の鉄屑納入業者に指定されたものの、集荷能力がないため、殆ど全面的に被控訴人に依存しなければならなかつた。したがつて、同商店は、右製鋼及び被控訴人に対し取引上不利な条件を甘受しなければならない弱い立場にあつた。
(5) 更に、産鋼商店は、被控訴人以外の数人からも鉄屑を買入れていたが、被控訴人は特に高級品質の鉄屑を取扱つていた。しかし、同商店は、これらの鉄屑を一括して大阪特殊製鋼に納入していたのであるから、被控訴人からの特に高級品質の鉄屑の仕入単価と、右製鋼に対する高級及び低級両品質の混淆した鉄屑の売上単価とを単純に比較しても、売買差益検討の手段として余り意味がない。
以上の諸事情を総合勘案して前記仕入値と売値とを比較するなら、逆鞘現象も原判決がいうように不合理ではなく、控訴人主張の売上金額を容易に認定できるというべきである。したがつて、既に主張している(引用した原判決八枚目表(二)の項)事情のもとでは、この売上金額に同業者の平均的所得率を適用して、被控訴人の所得金額を算出するのが相当である。
(二) なお、元来推計課税は、所得金額の実額が把握できない場合に、推計により得た蓋然的近似値を一応真実の所得金額と認定して課税する制度であるから、納税者と対比すべき同業者の事業規模は、当該納税者のそれと細部の点に至るまで完全に一致する必要はなく、その主要な点について類似していれば足りるのである。かかる見地にもとづく既述の同業者の平均所得率は合理性を有するというべきである。
(三) なお、控訴人は、これまで被控訴人の産鋼商店に対する昭和三六年分の売上金額を一月から六月までとして、八、四三九万二、二三四円と主張して来たが、同年七月にもすくなくとも一、三〇四万〇五七六円の売上があつたとみられるから、これを加算して、昭和三六年分の売上金額を九、七四三万二、八一〇円と訂正して主張する。
(四) 仮に被控訴人の所得金額に関する控訴人の上来の主張が容れられないとすれば、予備的に次のとおり主張する。
(1) 産業資源新聞によると、本件当時の鉄屑の価格については、流通市場における一応の時価相場として、大阪問屋着仲値が存在し、公表されていた。
(2) これによると、昭和三五年一月ないし同三六年七月分の月別売上数量及びその級別内訳は、別紙一〇の1及び一〇の2の該当欄のとおりである。
(3) したがつて、これにより被控訴人の産鋼商店に対する売上金額を計算すると、別表一〇の1及び一〇の2のとおり、昭和三五年分は一億〇九八五万七、四八五円、同三六年分は八、一一六万八、一七五円となる。
(4) すると、被控訴人の本件各係争年分の所得金額は、別紙一一のとおりの計算により、昭和三五年分が三一三万八、五二九円、昭和三六年分が六四六万八、四一五円となるから、これら所得金額の範囲内でなされた本件各更正処分に何ら違法はない。
(被控訴人の主張)
(一) 被控訴人が控訴人主張の被控訴人と産鋼商店との取引を否認するところ、控訴人において運搬結束処理費を鉄屑取引単価の一部として把握し、被控訴人と産鋼商店間に取引があつたと主張する。しかし、産鋼商店の取引先である大阪特殊製鋼が、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律にもとづくカルテルを逸脱し、企業利益を損うことなどする筈がないし、需給委員会の厳重な監視と制裁による強制からいつても、全く根拠のないことである。しかも産鋼商店の経営者浦部弘が大阪特殊製鋼に控訴人主張の如き脱法行為を採らせることができるくらいなら、口銭を無視した弱い立場で取引を甘受するというのは、自己撞着というほかない。
(二) 被控訴人は、控訴人が主張する甲陽金属株式会社と取引したことは全くなかつた。ただ被控訴人の仕入先に甲陽金属というのがあり、被控訴人は従来これと右会社を誤認混同していた次第である。
(三) 控訴人の予備的主張を争う。
(証拠)
(一) 被控訴人
甲第一三号証の一ないし三、第一四号証を提出し、当審証人浦部弘、同佐藤喜久平の各証言及び当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第四五号証の一ないし三の成立は認める、同第四二号証の一及び同第四三号証の三の各官署作成部分の成立は認めるが、その余の成立は不知、当審で提出のその余の乙号各証の成立はいずれも不知と述べた。
(二) 控訴人
乙第四二号証の一、二、第四三号証の一ないし三、第四四号証、第四五号証の一ないし三、第四六号証の一ないし一八、第四七号証の一ないし四一、第四八号証を提出して、当審証人鈴木淑夫の証言を援用し、甲第一三号証の一、二の官署作成部分の成立を認め、その余は不知、同号証の三の成立は不知、同第一四号証の成立は認める、と述べた。
理由
一、被控訴人が遅くとも昭和三六年八月以降鉄屑回収業丸高商店を営んでいること、被控訴人が控訴人に対し、昭和三六年四月五日被控訴人の昭和三五年分所得税について、事業所得三〇万円、給与所得一九万二、〇〇〇円、総所得金額四九万二、〇〇〇円として修正確定申告し、更に昭和三七年三月一五日被控訴人の昭和三六年分所得税について、事業所得六六万一、五〇〇円、総所得金額同額として確定申告したところ、控訴人が昭和三七年一〇月三一日昭和三五年分の所得税について、事業所得二二四万円、総所得金額同額、昭和三六年分所得税について、事業所得三四一万一、〇〇〇円、総所得金額同額とする各更正処分をしたこと、これに対し、被控訴人が昭和三七年一一月八日右各更正処分につき控訴人に対し異議申立をしたところ、これが昭和三八年二月八日国税通則法(昭和四五年法律第八号による改正前のもの)八〇条一項により大阪国税局長に審査請求があつたものとみなされ、同局長において昭和三九年四月二一日右審査請求を棄却する旨の裁決をなし、同月二三日その旨被控訴人に通知したこと、以上の事実は当事者間に争がない。
二、そして、当裁判所も原審と同じく、被控訴人が昭和三五年一月から同三六年七月まで産鋼商店との間に、鉄屑などの継続的売買取引関係があつたと判断するから、この点の原判決の理由の説示、(原判決二〇枚目表末行から遡つて四行目以下同二五枚目裏八行目まで)をここに引用する(但し、原判決二〇枚目裏二行目の「二ないし三二、」の次に「第二八号証、」を加え、同四行目の「姜成生」を「姜戌生」と訂正し、同二一枚目表一行目の「二八、」を削除し、同九行目括弧内の「後記」の前に「原審及び当審、」を加え、同裏五行目より六行目にかけての「産鋼商店」から一〇行目の「負うところとなり、」までを「産鋼商店の屋号で同会社の場内整理作業を請負い、同会社が買入れた鉄屑の熔鉱炉に入れる準備として切断、結束及び炉までの運搬などに従事していたところ、折柄、同会社が業績不振により対外的信用を失墜し、鉄屑の集荷が思うにまかせなくなつたため、多少とも鉄屑に関係し、或る程度採算を度外視して協力して貰える浦部弘を鉄屑納入業者に指定し、その買付を期待した。この」と改め、同二二枚目裏七行目の「方法によつていた。」の次に「もつとも、産鋼商店の鉄屑の買付が専ら原告に依存していたというのではなく、他の集荷業者などからの買付も行つていたのである。」を加え、同二三枚目表四行目の「以上の方法による取引」の次から七行目までを「について浦部弘に帰すべき利益は殆どなく、僅かに大阪特殊製鋼から買付の手数料などの名目で支払われる月額三万円ないし一〇万円(但し、経費控除ずみ)を、原告の前記納品業務代行に対する報酬の趣旨で、多いときは折半し、少ないときは全額交付していた。」と改め、同二四枚目表末行から遡つて三行目の「有するとする」の次に「の」を、同二五枚目裏五行目の、「尋問の結果」の次に「(原審及び当審)」をそれぞれ加える)。
三、そこで、被控訴人の売上金額について検討する。
(一) 昭和三五年分について、
(1) 力身鋳工株式会社に対する売上が九三四万四、七八八円、菊竹工業株式会社に対するそれが一二万〇六六八円、三光商事株式会社に対するそれが二、一二八万二、一五八円であることは、当事者間に争がない。
(2) 控訴人は、産鋼商店に対する売上が一億二、六〇七万九、二四四円であると主張するところ、これに副う証拠として、前掲(引用した原判決の理由の説示、以下同じ)乙第三〇号証の一、同三一号証並びに原審証人矢部一男の証言がある。しかしながら、乙第三〇号証の一、同三一号証の作成者である右矢部証言によるも、控訴人主張に副う売上金額の典拠が必ずしも明確とはいい難い。のみならず、次の事由によりその正確性についても疑義なきをえないのである。即ち、前掲乙第一七号証の二、同第二八号証によると、昭和三五年中に産鋼商店が大阪特殊製鋼へ納入した鉄屑は金額にして一億五、〇〇〇万円を下廻るものでなかつたことが認められる(この認定を動かすに足る証拠はない)ところ、原審証人廣瀬三郎の証言を採つて、産鋼商店の仕入の九〇パーセントを被控訴人が提供していたと解するなら、被控訴人の産鋼商店に対する売上が控訴人主張を下廻るものでないと判断するに十分であろう。しかし、前掲乙第一八号証の二ないし四五、同第一九号証の二ないし三一に、原審証人浦部弘、同藤岡實、同佐藤喜久平の各証言を総合すると、被控訴人の供給が産鋼商店の仕入の五〇パーセントを下廻るものでなかつたことが窺えるから、これを五〇パーセントと推認するのが相当であり、この推認に反する右廣瀬の証言は到底採用できず、また控訴人の主張に副う前掲証拠も措信できないのであつて、他に右推認を妨げるに足る証拠はない。ただ、原審が指摘する産鋼商店の仕入値と大阪特殊製鋼への売値との間にみられる逆鞘現象は、経験則からいつても、表面的な現象と察せられるのであり、いずれにしても右推断に消長を及ぼすものとは解し難い。
以上の説示から計算すると、被控訴人の産鋼商店に対する年間売上は七、五〇〇万円である。
(3) 次に控訴人は、甲陽金属株式会社に対する売上が二万五、六五〇円であると主張するところ、これに副う証拠として、乙第四三号証の一があるけれども、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一三号証の三に照らすと容易く信用できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。
(4) してみれば、昭和三五年分の売上金額の合計は一億〇六七四万七、六一四円である。
(二) 昭和三六年分について、
(1) 力身鋳工株式会社に対する売上が六六二万七、五七一円、菊竹工業株式会社に対するそれが一、五〇〇万九、一四六円、三光商事株式会社に対するそれが一、七四一万四、四七〇円、そして大阪特殊製鋼に対するそれが四、五六八万六、三二一円であることは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第一六号証に原審証人矢部一男の証言によれば、新昭光商事株式会社に対するそれが四七六万六、〇〇〇円であることを認めることができ、右認定に反する被控訴人本人尋問の結果(原審)は容易く措信できず、また前掲乙第三一号証に原審証人矢部一男の証言並びに被控訴人本人尋問の結果(原審)によれば、渡辺商事株式会社に対するそれが一、七四六万一、九七四円であることが認められ、この認定に反する証拠はない。
(2) 控訴人は、産鋼商店に対する売上が一月から七月までの間に九、七四三万二、八一〇円であると主張する。このうち、一月から六月までの売上として控訴人が主張する八、四三九万二、二三四円については、これに副う証拠として、乙第三〇号証の二、同第三一号証並びに原審証人矢部一男の証言がある。しかし、ここでも昭和三五年分の売上の項で説示したと同様の理由により、被控訴人の供給が産鋼商店の仕入の五〇パーセントを下廻ることがなかつたと判断するのであつて、もとより控訴人の右主張に副う証拠は採用できない。
ところで、引用した原判決の説示からも明らかなように、産鋼商店は一月から七月まで大阪特殊製鋼に鉄屑を納入しているのであるが、前掲乙第一七号証の二、同第二四号証の一二によると、その総額は一億一三〇〇〇万円を下廻るものでなかつたことが認められ、この認定を動かすに足る証拠はない。すると、そのうちの五〇パーセントが被控訴人の供給によるものと認めるのが相当であるから、一月から七月までの産鋼商店に対する売上は五、六五〇万円と推認すべく、これに反する証拠はない。
(3) 次に控訴人は、甲陽金属株式会社に対する売上が一九万四、〇五〇円であると主張するところ、これに副う証拠として乙第四三号証の二があるけれども、前掲甲第一三号証の三に照らすと容易く信用できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。
(4) してみれば、昭和三六年分の売上金額の合計は一億六、三四六万五、四八四円である。
(三) なお、控訴人は、被控訴人の産鋼商店に対する売上額の算出について予備的主張をするけれども、同主張が前掲乙第三〇号証の一、二の記載を前提とするものであることは、その主張自体により明らかである。しかしながら、右売上額算定に際し説示したように、乙第三〇号証の一、二は必ずしも真実を伝えるものとは解し難いのであり、そうだとすれば、この点で控訴人の予備的主張は前提を欠くことになるのであつて、失当というほかない。
四、続いて、右売上金額を基礎として被控訴人の所得につき考察する。
(一) 控訴人は、被控訴人の昭和三五年及び昭和三六年の各所得を算出するに際して、売上金額に同業者の平均所得率を乗じているところ、原審証人矢部一男の証言によれば、被控訴人は帳簿を全く記帳しておらず、控訴人の調査に際し、僅かに雇人費の明細書などを提出したのみであること、かくて控訴人は被控訴人の売上先、取引銀行、手形割引先などの調査により売上金額及び割引料を把握したものの、仕入先は多数存し、しかも殆ど現金取引であるため仕入金額を把握できなかつたことが認められるのであるから、控訴人が所得を計算するために推計方式を採用したことは相当といわなければならない。
(二) そこで控訴人主張の平均所得率昭和三五年につき六・九四パーセント、昭和三六年につき七・五七パーセントを適用することの合理性について検討するに、それら所得率算出の基礎になつた控訴人主張の各同業者の所得率については、これに副う証拠として、成立に争のない乙第一〇ないし第一五号証がある。ところで、かかる推計に合理性があるとするためには、同業者の抽出方法の相当性、抽出された同業者の主要な部分における類似性及び資料の正確性の担保を必須の要件としなければならないが、本件にあつては右乙号各証によるも、右要件のいずれをも充たしていると解し難い。殊に、乙第一三号証によると、岩田商店の所得率とされているのは、業界の所得率に関する見解であつて、これを恰も岩田商店の実績であるかのように混同しているのであつて採用できない。
してみれば、控訴人主張の推計方式によることは相当でない。
(三) ところが、控訴人において他の相当と認めるべき推計方式について、主張・立証しないのであるから、原審も説示するように被控訴人主張の純利率(所得金額の売上金額に占める割合を指すものと解される)を売上金額に乗じて所得金額を算定することもやむを得ないというべきである。
そして被控訴人は右純利益率を各年のそれぞれ一パーセントであると主張しているところ、これを超える純利益率を肯認すべき的確な証拠がないから、これを前記売上金額に乗じて所得金額を算定すると、昭和三五年分一〇六万七、四七六円、昭和三六年分一六三万四、六五四円となる。
そのほか、被控訴人は、さきに説示したように(訂正して引用した原判決の説示)産鋼商店の鉄屑納入業務代行の報酬として、すくなくとも月額三万円を得ていたのであるから、右算定の所得にこれを加算すると、被控訴人の所得は昭和三五年分一四二万七、四七六円、昭和三六年分一八四万四、六五四円ということになる。
五、そうだとすれば、被控訴人の本件各更正処分の取消を求める請求は、昭和三五年分の総所得金額一四二万七、四七六円、昭和三六年分の総所得金額一八四万四、六五四円をそれぞれ超える部分について理由がある。
よつて、これと結論を異にする原判決を右判断に則して変更することとし(この限度で本件控訴は理由がある)、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条本文を適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 鍬守正一 裁判官石田真は転勤につき署名押印できない。裁判長裁判官 大野千里)
別紙九 控訴人主張産鋼商店の被控訴人からの仕入値と売値表
(仕入値関係)
(売値関係)
別紙一〇の一 昭和三五年分被控訴人の産鋼商店に対する売上数量及び金額
別紙一〇の二 昭和三六年分被控訴人の産鋼商店に対する売上数量および金額
別紙一一、 控訴人予備的主張の所得計算
(被控訴人の売上金額)
(所得計算)